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「わぁ・・・あ!すごい、すごい!!」

狭い馬車の中に、テティスの歓声が響く。



時間は、じきに陽が沈んであたりも暗くなってくるという頃。

徒歩では、完全に陽が沈むまでにはグレナダとグレダの森の間にある村に着けないと、

コウとマーク、そして(仕方なく)テティスは

馬車を手配して、グレナダを出発したのだけど。

その、村に着くまでの間ずっと。

テティスはというと、思いきりその身を馬車から乗り出して、はしゃいでいた。

「危ないよ、テティスちゃん」と、コウが言っても。

「だいじょーぶだよー、コウさん!あはははっ♪」

そう言って、聞かない。


「楽しそうだね〜、テティスちゃん?」

マークがそう言うと、テティスは振り向いて

「うん!だってボク、今までグレナダの街から出たことないんだもん!

だから、見るモノ全部がとっても新鮮で楽しい!」

と、そう言ってまた馬車の外に視線を戻す。

「あーあ、
『ルシオ』にも見せてあげたかったなぁー」

「?誰だい?お友達?」

「ううん!ルシオはボクの双子の妹だよ!」

テティスのその言葉に、マークはすかさず反応する。

「え!テティスちゃん、妹がいるの!しかも双子!」

「そうだよー」

そんなふたりのやりとりを見ていて。

(どこに反応してんだよ・・・お前)

・・・と、コウはマークに、声に出さずにそう突っ込む。


・・・と。

(本当に楽しそうだな)

そんな事を思いながら、コウはテティスをしばらく見ていた。それから。

(・・・でも、本当にこの子。・・・あいつに似てるな・・・)

そんな事を思ったりもした。

(そうか。あいつの顔・・・もう2年も見てないんだよな。元気にしてるだろうかな・・・。

はは・・・これじゃ、俺の方がもっと・・・)

マークとテティスが楽しそうにしているその横で。

テティスとは違う馬車の外の景色を見ながら。

コウはひとり物思いにふけっていた。


・・・と。そこで、コウはテティスがさっき口にした言葉が気になって。

「ねえ、テティスちゃん」

「ん?何ー、コウさんー?」

「いや、今。グレナダから今まで出たことないってさ・・・?本当なのかい?」

「うんー」

「家の人に連れて行ってもらったりとか、なかったの?」

「ないよぉー。お父さんとお母さんは、ボクが小さい時に死んでしまったし、

お姉ちゃん達もお家の事とかお仕事とか大変そうだったからー」

「あ・・・そうなんだ。」

悪い事を訊いちゃったよな・・・そう思って。

コウは短く「ごめんね」とだけ口にして、テティスから視線をそらした。

当のテティスは、別に気にした風でもないようで、

「ううん、そんなの気にしないでいいよー」と言って、笑う。



と、そんなこんなで。3人は、陽が沈むまでに村に着いて。

そこで一泊して、翌日また、馬車に乗って森を目指した。

その時もまた。やっぱりテティスはひとりはしゃいでいた。





今回は、馬車での移動だったので、村からもさほど時間をかけずにグレダの森に着いた。

着いた・・・のだけど。

「さー、早くセレス君を捜しに行こ!!」

・・・と、誰よりも気合が入っているテティスを見て、コウは

街で感じた不安をもう一度感じる。

誰かを護りながら、という状況はこれまでにも・・・いや、最近にもあったけれど。

(・・・あの時とはまた事情が違うって・・・はぁ)

テティスの方を一度見て、それから視線を外してコウはため息をつく。

(・・・この子の勢いに押されて、ここまで連れてきちまったけれど。

やっぱり、置いてくるべきだったよな・・・)

・・・と。ひとり下を向いてブツブツ言っていたコウに。


「−ッ!!おいコウ、後ろ!!」

「・・・あ?」


突然のマークの叫び声に反応して、コウが顔を上げる。

コウの視線の先には、剣を抜いてこちらに走り出そうとしているマークがいて。

それを見て、コウは自分の現状を理解する。


魔物の襲撃。


(俺としたことが・・・油断したな)

コウは自分の失態に胸の内で舌打ちしながら。

「しゃがめ、コウ!でねーと、一緒にまっぷたつにしちまうからな!」

それは勘弁なので、マークの言うとおりにしゃがむ。

・・・と。そのとき。


「やぁぁぁーーーーーーーーっ!!!」


コウの後ろから、マークではない叫び声。

マークでない。という事は。

(おい、まさか・・・!?)

視線を正面に向けると、マークも足を止めている。その表情には、焦りが見える。

(ダメだ、来るな―)

コウが、その叫び声の主に対して叫ぼうとして―


ズガッ!!   ―――ドサッ。


けれど、大きな打撃音と、続けて巨大な何かが倒れたような音がして、コウのそれは中断される。


コウは、正面を見る。

視線の先には、ポカーンと口を開けて固まっているマーク。

コウは、自分の後ろで起きた事を確かめようと、ゆっくりと立ち上がって恐る恐る、身体を後ろに向ける。

すると、そこには。

コウに襲い掛かろうとしていたらしい、魔物が倒れて動かなくなっていて。

「・・・えへん!」

その横には、ちょっと息を切らせながら、でも自慢げな表情で、テティスが立っていた。

どこで、いつの間に手にしたのか、左手には適当な重量と長さを持つらしい木の棒を握りしめている。

「・・・・・・・・・」

それを見て、コウもマークと同じようにポカーンと口を開けて固まってしまう。

(この子が・・・魔物を倒したって。・・・助けられたのか、俺)

自分を含めて、全員が無事だったことの安心感と、自分が油断した事で招いた現実と、

そして、一般の娘であるテティスが魔物を倒してしまった事の驚きと。

そのときのコウは、言葉では表せないような複雑な心境だった。



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